玉川上水の自然を残そうとする「不自然」

今回はあえて、普段と少し違う視点から玉川上水を考えてみます。



今までにも何度か書いてきたように、玉川上水はあくまで水路。土木構造物です

何度か拡張工事、流路変更が行われてきたため、開削当時(1653-1654年)の姿がそのまま残っているとは言い難い部分もありますが、江戸時代の姿をよく残した歴史的な価値のある構造物だと思っています。

その歴史的な価値を最大限尊重した時、今の玉川上水の姿はどう考えられるのでしょうか。


ある視点からは、現在の玉川上水を「荒れ果てた姿」だと考えることもできると思っています。

本来、水を清潔に保つため、管理が徹底していた水路である玉川上水の水路際にこれだけの林ができてしまっていることは、かなり不自然なのではないでしょうか。

現在、特に雑木林的な環境になっている立川市内下流部~小平市内において、江戸時代にはどの程度の管理がされていたのか完全には分からない部分もありますが、小金井桜の名所だったエリアは、たった20年ほどでケヤキを中心とした雑木林に近い状態へ変貌を遂げたことが分かっています。

武蔵野に点在した雑木林は減少しつつあり、その生き物たちの「逃げ込み場所」のようになっている玉川上水の自然は、環境保全の視点からは大切にしたいものではあり今の時代となってはこういう自然こそ大事にすべきものではありますが、「江戸時代の構造物を当時の様子に近い形で残したい」と考えると、今の状況は良い状態とは言えないのではないでしょうか。

あまり適切な例えではありませんが、あえて例えるならば、「江戸時代に作られた建物が荒れ果てて植物が生い茂り、そこが生き物たちの住処となった」ような状態だとも考えられると思います。
(もちろん、ただの荒れた林ではなく武蔵野の雑木林的な環境になっているので、玉川上水歴史環境保全地域 保全の方針でもその林を将来的にも維持することになっているのですが。その辺りを考えるとやはり適切な例えではない。)


では環境保全視点を抜きに考える場合、玉川上水を本来の姿に戻すために樹木をすべて切り払ったら良いかというと、そんなこともないと思います。小平市内に深く掘られた法面は、いつ崩落してもおかしくないような場所がたくさんあります。上水路として活用されていた江戸時代は、水量がかなりあったため、常に壁面が潤っていたのですが、現在の水量ではどうしても乾燥・風化が進んでしまいます。
この状態で水路を覆っている樹木がなくなってしまえば、さらに急速に乾燥が進むことも考えられます。難しいですね。



玉川上水の樹木が伐採されることに、強く反発する人たちがいます
もちろん環境保全視点の意見でもあると思いますが、その方たちの多くは古い時代の玉川上水を知らないのだと思っています。
元々どういう状態だったのかは知らず、「樹木が生い茂っている玉川上水」を当たり前の姿だと思っているので、強く反発する、という方も少なからずいます。

実際、玉川上水関連団体の多くは、1990~2000年代に結成されています。
散策している老人に話を聞いても、「仕事をやめてから散策をするようになったので、昔の姿はよく知らない」という場合が多いのです。


個人的には、「玉川上水の自然を残そうとする」ということの特殊性に注目してほしいと思っています。安易に「玉川上水の自然を守る」とは言わず、この林がいったいどんなものなのか、しっかり考えていってほしいものです。


まとめとして。
今となっては現実的ではありませんが、
玉川上水付近は土木構造物としての保全を優先して、徹底的な管理によりすっきりした水路とする
玉川上水周囲の雑木林を動植物の住処として一定の面積を残し続ける
これが両立できていたら一番良い形だったのだと思います。

それが実際には、
玉川上水付近は放置により雑木林的な環境になってしまった
玉川上水周囲の雑木林は減少し続け、動植物の住処は玉川上水に移りつつある
・水量の足りない現在、素掘りの壁面を崩落させないためには林を残したほうが良い理由もある
そのため、「玉川上水を雑木林として残すという特殊な方針が良いのではないか」というのが現状なのだと私は認識しています。